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震災の記憶

201312031

どん、と短くするどい突き上げるような揺れに身体が反応して、2年をとうに過ぎた震災の記憶がまざまざと甦った。手元にあったスマホで震源を確認し津波の情報をチェック。震源は千葉県東方沖で直下ではあるが、規模はそれほど大きなものではなかった。大丈夫そうだと判断して書きかけの書類に戻ったが、ざわざわと落ち着かない気持ちが続く。仕事を終えて駅に着くと、点検のために電車に遅れが発生しているというアナウンス。震災時に、数日間は自宅に戻れなかったことを思い出して、ますます不穏な気持ちになった。しかし、電車は十数分遅れで何事もなかったかのようにホームに入り、その後は乗り換えの駅まで滞りなく走った。いつものように車内でウトウト過ごしているうちに、ざわざわと落ち着かない身体の感覚もほぐれてしまったが、当時の不安な気持ちを思い出すのがイヤで、しばらくはクルマ通勤にしようかとまじめに考えている。

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コメント

あのときの記憶と言えば、ボワとかボンとかズボ!という低周波の破裂音が駄目です。間近に見えた石油会社の爆発事故の炎と黒煙、油の匂い、不意に響き渡る誘爆の音。そのすぐ側に居た家族としばらくの間連絡が取れなかった不穏な気持ちが思い出されて、これをどううっちゃろうかと思案に暮れていました。
ここに居てすらこれですから、被害の酷かった地域の皆様の心のダメージはいかばかりかと。
眠れないでいたある夜、ふと、中世絵巻物の禍々しくも美しい焔、そして屏風絵の風神雷神を取り巻く黒雲が目の前に現れ、それが事故の起きたガスタンクと重なって見えました。早速次の朝、パネルに新しい和紙を張り、銀箔を貼り込んで硫黄で焼いて黒変させ、その上から濃く、薄く墨を重ね、朱と金箔で焔を形取り、3枚目の絵が出来上がる頃には禍々しい光景が黒と赤と金の平面世界へと転化され始めたのか、不意に立ちすくむことが減ったような気がしないでもないけれど単に心の奥底に閉じ込めただけだったのかもしれないし…。小さな展覧会に出しましたが、絵の前で立ち尽くす方、立ち止まらずスルーする方、作者の私に話しかける方、いろいろな気持ちが交錯し、出品して良かったのかどうだったのか、未だ答えは出ない感じです。

那智さんのところはコンビナートの爆発があったのでしたね。未体験なので実感は持ちにくいですが、なるほど、中世絵巻物の焔のイメージ。なんとなく伝わるものがありました。一枚、二枚、三枚と描かれたのですね。最初の二枚には、昇華しきれない何かが残ってしまったのでしょうか。言葉でも絵でも、表現するということのおもさと力を感じるお話をありがとうございます。

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